一般社団法人LIFE IS ROSEと西武池袋本店のコラボ企画『わたしは、私。』 LIFE IS ROSE 2020 〜バラ色の人生をみつけよう〜オンライントークイベントより、市村ゆりさんのインタビューをお送りします。MCは野呂翔悟さん、我妻信志さんが務めました。

―我妻:とにかく市村さんの世界観が素敵で、どこかでお話を伺ってみたいと思っていました。私は市村さんのレトロポップな世界観が好きなんですけど、市村さんの作品は、どこか懐かしいけれど、何か新しさがあるなと思っていました。
―野呂:市村さんのレトロなテイストって最初からなんですか?
市村:最初からではないです。イラストレーターとして始めてから、どんどん変わっていますね。イラストレーターさんって、星の数ほどいるじゃないですか。その中で、どうやって自分のキャラを出していこうかを試行錯誤しながら続けていました。「レトロ」はもともと好きな世界観だったので、自分のイラストにうまく生かして、今はこの感じをメインにやっています。

私は小3から中1までアメリカに住んだことがあって。それまでは外国のものに圧倒されがちだったんですけど、外から日本を見ると、すごいカワイイ要素がたくさんあったなと気づいたんです。それが日本の古きよき文化を好きになったきっかけかもしれないです。
―野呂:外国での生活は大変でした?
大変でした…カルチャーギャップがありましたね。アメリカでは自分の意見を自分ではっきり言わないと、誰も汲んでくれないんですよ。それって日本と真逆ですよね。あんまり言い過ぎても角が立つし、なんとなく雰囲気で伝えたり。そこが大きいギャップでしたけど、慣れてからは楽しかったです。
―野呂:いつ頃からイラストレーターを目指したんですか?
多摩美術大学でデザインを勉強してたんですけど、最初は違うジャンルの会社に就職しました。1年半働いたんですけど、やっぱりクリエイティブな仕事がしたいなと思うようになりまして…いきなり辞めました(笑)
―野呂:潔い!男前ですね(笑)イラストレーターになってから最初に何をしましたか?
作品を描き溜めていたわけでもなく、いきなり始めたので、自分のスタイルとかも無くて。いろいろ描いてみて、勢いとして個展をやってみようと思いました。でも、いきなり仕事が来ることもなかったので、そこからは売り込みをしました。ポートフォリオを100冊くらい作って、出版社やデザイン事務所を調べまくって、会ってくださる方にはお会いして、会えない方には資料を送りつけていました。
―野呂:すごい行動力!それで反応はありましたか?
100冊くらい送って、実際に反応があるのは1/10以下でしたね。最初にいただいたお仕事はフリーペーパーの表紙で、そこから反響があって、段々とお仕事が広がっていきました。
―野呂:市村さんは、ねずみのキャラクターが印象的なんですけど、何故キャラクターをつくろうと思ったんですか?
イラストレーターって、自分が作ったキャラクターを持ってると、自分を表現できてる感じがするなと思ったので、作ってみたかったんですよ。でも自分でストーリーを考えてつくれるタイプでもないし、悩ましかったんですけど。でも「市村さんって、このキャラクターの人だよね」っていつ代表作がほしいなと思ったんです。

―野呂:コロナ禍になって、心境的な変化はありましたか?
今やってる仕事に対して印象が変わったきっかけがあって。自粛期間中に私のネットショップの注文が増えて、こういう大変な時だからこそ、癒やしや、楽しいものを求めてくださる方が多いのかなっと思って。それこそ命に関わってる医療従事者の方々と私って、かけ離れてる気がしてたんですけど、気分が少しでもハッピーになれるものを提供できるという意味では、人を幸せにる職業なのかなと思えて、嬉しかったです。
―我妻:あなたにとって“バラ色の人生”とはなんですか?
やりたいと思ったことを、やりたいと思ったときに出来ること。「誰かに何かを伝えたい」「これを食べに行きたい」「ここに行きたい」を、思ったときに実現できること。この先、売れっ子にならないと成功とは呼べないかもしれないけど、成功する・しないは別にして、私はそれをやれているだけで幸せなので、それが“バラ色の人生”だと思います。

ゲストプロフィール:市村ゆり
東京出身。ファッション業界を経て、フリーのイラストレーターとして活動中。ウェブやマガジンを含めた、様々な媒体で活動する。
